シブヤ宮下公園のコト

公園て オオヤケのモノぢゃないのかしら・・
普通に考えても今回の件はオカシイことがイッパイ・・ まして、その公園に知ってる人が
どうしようもなくて住んでいる、 としたら傍観は出来ないよ

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「宮下NIKEパークについての公開質問状」

アトリエ・ワン
塚本由晴 様
貝島桃代 様


 私たち「246表現者会議」は2007年、渋谷駅の国道246号線高架下でギャラリースペース設置を理由に野宿者に「移動のお願い」がされたことを受け発足した有志のグループで、月に一度、アートや都市再開発等について路上で話し合っています。

 これまで246表現者会議は、宮下公園のナイキパーク化について、大きな関心を持ってきました。それは、この計画が、わたしたちの生存と表現に対する問題であると考えているからです。

[1]経緯や現状についての確認

 宮下公園のナイキパーク化に直接つながる流れとしては、近隣の美竹公園の「ジョーダンコート」、「宮下公園のフットサル場」設置があります。ジョーダンコートは、2004年のマイケル・ジョーダン(元バスケットボール選手)来日にちなんで、伊藤たけし、ハセベケンの両区議が橋渡しする形で、ナイキジャパン社が渋谷区に「寄贈」したものです。約1ヶ月の早さで実現したもので、区議会での審議などは経ていません。フットサルコートは2006年に設置されたものですが、動機としてホームレス対策があったとの伊藤たけし議員の発言があります。その際に、区側が公園内の多くのベンチを撤去しています。

  2008年5月、地元紙のナイキ公園化発表を皮切りに、大手マスコミ社の報道がありながら、渋谷区とナイキ社は2009年6月18日の桑原敏武区長の区議会冒頭演説まで計画を内密にしていました。その間、「みんなの宮下公園をナイキ化計画から守る会」が結成され、広範な反対運動が行われています。冒頭演説では、「公園整備」をする理由について、「近年、ホームレスが数多く集まるなど“都会のオアシス”たる、都市公園本来の機能が損なわれておりました」「路上や公園でのスケートボードが、歩行者等の苦情となり、かねてより、関係団体等から区にも要望をいただいていた」ことを挙げています。

  7月31日の公園居住者への説明会では、小澤明彦公園課長から「強制排除はしないが、やわらかな排除はする」との言葉がありました。8月27日には、議会での議決やパブリックコメントの募集、企業の公募や入札のないまま、桑原区長とジェームズ・ゴッドバウドナイキジャパン代表取締役との間で「渋谷区宮下公園ネーミングライツ基本協定」が結ばれました。9月1日に公園を封鎖するとの広報がありましたが、区側は9月9日になってようやく約30名の居住者に対する戸別訪問(意向調査)を始めた段階です。また、10月5日現在、区からのきちんとした対応の中身の話はされておらず、居住者はこれから冬に向かうなかで不安の日々を過ごしています。簡潔ですが、以上がこれまでの経緯と現状に関する説明です。

[2]「アトリエ・ワン」の思想・仕事についての私たちの考え

 私たちは、公園とは誰もが無条件に立ち入ることを許される場であり、それゆえ、塚本由晴氏がたびたび引用するH・ルフェーヴルが「表象の空間」と呼ぶような、さまざまな人々の営み、表現によって立ち上がる空間だと考えます。公園には公共性と私的所有の問題が重なりつつも、それを超える絶対的な平等の感覚が埋蔵されている――そのような私たちの視点は、アトリエ・ワンのこれまでの思想や方法と共鳴するものでもあるでしょう。「ユニット派」と呼ばれる、自律した個人の緩やかなアソシエーションという在り方は私たちも共感しますし、それは「アトリエ派」と呼ばれたような英雄的建築家と、その徒弟たちという権威的な在り方を拒否する姿勢であると理解しています。そして『アトリエ・ワン・フロム・ポスト・バブル・シティ』という書籍タイトルにも込められた、いわゆるバブル期の英雄的建築家と商業の無際限な結託に対する違和感も、同じく共有しているところです。

 また、考現学、路上観察学会の「観察」という方法を批判的に継承し、現場に身を置くことは、俯瞰した場所からの計画ではなく、現場の具体的な生活を重視するためだと理解しています。それは『メイドイントーキョー』で「ダメ」な建築に注目し、それらを英雄的建築家の建築物と並列に扱うことや、建築の隙間に点在する小さな構造物を「ペットアーキテクチャー」と名付け、それらを建築と認める観点を支えていると思います。また「ヴァナキュラー」という用語を導入しながら固有の場所に固有の方法を作り出そうとすることも、現場の営みの中での出会いやコミュニケーションを重視するためだと理解し、共感するところです。また、内側が立ち上がってくるパブリックスペース(リトルテヘランなど)を賛美し、設計をそのような空間を生み出すための「ジグ」(補助具)と捉える視点にも共感するものです。

[3]宮下NIKEパークの設計への疑問

 これまでのアトリエ・ワンの認識と方法を参照するなら、宮下公園がどのような営みによって立ち上がる空間なのか、「観察」されているはずです。それはすでに2001年の『メイドイントーキョー』で宮下公園を取り上げ、ホームレスの小屋と大きく繁ったケヤキの天蓋が精確に記述されていることからもわかります。また、宮下公園のナイキパーク化計画が、単なる公園の再整備計画ではないことは言うまでもありません。そこにはナイキという一企業の私的な宣伝が計画されており、少なくとも公園の公共性という原則と対立していることは明らかです。公園の施主は不特定で無条件の人々であり、この場合の本質的な施主はナイキジャパン社ではないし、渋谷区長でもありません。協定書にある「宮下公園整備計画図」からは、これらの指摘に対する応えを読み取ることはできませんでした。もちろん「表象の空間」は図面に描くことはできません。であればこそ、建築家の責務として、図面に描かれないことを表現する必要があるのではないでしょうか。

[4]質問

上記の経緯・考えを踏まえ、以下についてアトリエ・ワンとしての回答を求めます。

1) 野宿者の小屋についてどう考えていますか?

2) スケートボードをする場所について、どう考えていますか?

3) 公園をどう考えていますか?

4) 設計を引き受けたのはなぜですか?

5)設計にあたって、公園の利用者(野宿者を含む)や周りの住民の人たちと対話をしましたか?

6) 誰でも憩える公園には昼寝なども出来るようなベンチが多数必要かと思います。「宮下公園整備計画図」において、広場にベンチがなく、全体でも3つしかベンチの記載がありません。なぜでしょうか?

7) 雨を避けることの出来る休憩舎がありません。なぜでしょうか?

8) 公園には、災害時や経済的困窮者のための緊急避難のスペースが必要だと思いますが、そのような工夫はどのようにされていますか?

9) 都市公園は、多様な機能を保障することが必要だと思います。施設利用料のかかるスポーツ公園とすることは機能を限定してしまうことにつながります。これに関して、どんな配慮・検討をしていますか?

10) ナイキ本社内に公園を作るという架空の計画「ナイキ本社宮下公園化計画」を考えた場合、どのような設計をなさいますか?ナイキ・ジャパン本社の入っているビルの一部を改築し、野宿者専用の無料宿泊スペース、集会のためのフリースペースのある公園の設計をお願いします。

[5]付記

本質問状は、246表現者会議のブログ(http://kaigi246.exblog.jp/)に掲載する等、その内容を広く社会に公開する予定です。また、いただいた返答も公開したいと考えています。また、本質問状は、公開での対話を始める嚆矢であると理解していただけると幸いです。

[6]期限

2009年10月23日(金)を返答の期限として定めさせていただきたいと思います。それまでに何らかの文書による返答がない場合、回答を拒否したものと理解させていただきます。

2009年10月9日 246表現者会議
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by kogacinema | 2009-10-22 01:55 | info | Comments(0)
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